秋桜
ほんの、一瞬だった。そこにあるのは薄桃色のコスモスと、青い空だけだった。
何もかもどうでもいいと思った。この陽気に不釣合いの自分の思考に腹が立った。
全然似合わないスーツを無理に着込んで、花は花屋のねーちゃんにおまかせで、花を待つ間、小さなカードに言葉を綴ろうとしていた。
いざペンを持つとなかなか良い言葉が浮かばず、数分間黙考した挙句出てきた言葉はたった四文字『おめでと』。何故か最後のう≠ヘ書きたくなかった。
まあいいさ。要はキモチなんだろう? キモチとやらを込めてカードを大きなひらがな四文字で埋めた。
右下にさりげなくローマ字でHaruhiと記しておいた。
花屋のねーちゃんが手際よくラッピングしてくれた花束は、小さいながらも綺麗だった。
クリップで留められたカードが外れぬよう慎重に持って花屋を出た。
いい天気だった。こんな事ならやはりスーツは止めておくんだった。すでに汗だくである。
仕方ないので上着を脱いで手に持った。足はひたすら重かった。これは暑さのせいではないらしかった。
おい、動けよ。昨日さんざん苦労して決心したんじゃねーのかよ。
自問してみるが、答えは返ってこなかった。
何とか苦労して彼女の家の前までたどり着いた。
しかし体は金縛りにあったかのように硬直して動いてくれない。
どうしたんだ。早く呼び鈴を鳴らせ。さあ、腕を伸ばし人差し指でそのボタンを押すんだ。
出てきた彼女に花束を渡し、そして笑顔で言うんだろ? 『おめでと』って。昨日何回もシュミレーションしただろうが。
しかし体は従ってくれなかった。その上、考えてる事とは逆の事をしようとしていた。
ドアの前にそっと花束を置くと、そのまま踵を返して立ち去ろうとしていた。
何をしている! これじゃあ何の意味も無いだろうに。結局決心なんて一晩も続かないのか?
ふらふらと、混乱しきった体と頭でぼんやりと思った。おれは何をやってるんだろう。
切り離された体と思考とを繋いだのは、ドアの開く音だった。
はっとして振り返ると、そこに彼女はいた。凍りつく時間。
「・・・開陽?」
その声を聞いた瞬間、おれは走り出していた。
「ちょっ、開陽?! 待ってよ!」
彼女が何やら叫んでいるが、知ったこっちゃ無い。まず逃げなくては。
おれは必死になって走って逃げた。